東京地方裁判所 昭和49年(ワ)4287号 判決 1978年2月01日
原告
三沢啓子
原告
三沢信行
原告
三沢英行
右三名訴訟代理人
松田奎吾
同
築尾晃治
被告
大脇範雄
右訴訟代理人
辻誠
外三名
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一、請求の趣旨
1 被告は原告三沢啓子に対し金一〇七三万五三〇六円、同三沢信行、同三沢英行に対し各金六四三万五三〇六円とこれらに対する昭和四九年六月一五日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二、請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 請求の原因
一、当事者
1 原告三沢啓子(以下「原告啓子」という。)は昭和四八年七月三〇日午後八時一〇分頃大脇病院において死亡した訴外三沢喜信(以下「喜信」という。)の妻、原告三沢信行(以下「原告信行」という。)と原告三沢英行(以下「原告英行」という。)はいずれも喜信の子である。
2 被告は前記大脇病院を経営する医師である。
二、診療事故の経過等
1 喜信は、同月二四日、発熱を伴う頭痛があつたため近所の佐藤内科医院において佐藤医師の診察を受けたところ、風邪との診断で自宅療養を指示されたが、黄疸の症状があつたため右医院において尿検査、X線検査を受けた。その結果は特に顕著な異状もなく、近いうちに右医師から入院先を世話してもらうということで自宅療養を続けていた。同月二七日に右医院で心電図による診断を受けたが、その結果も特に異状はないということであつた。
2 同月二八日にも喜信は前記佐藤医院で診察を受け、注射をしてもらい散薬をもらつてきた。同日午後八時過ぎ頃原告啓子が仕事から帰宅したところ、喜信の様子がおかしく頭がグルグル廻るような感じだというでの、心配した原告啓子は佐藤医院に電話したが、佐藤医師は不在であつた。そこで原告啓子は直ちに救急車を依頼し、喜信は救急隊の指示により午後九時頃被告の経営する大脇病院に運ばれ、右病院で当直医の診察を受け急性肝炎と診断され、そのまま入院を命ぜられた。
3 入院時喜信の血圧は六〇程度に下つていたが、翌二九日朝には自覚症状もよくなり血圧も九〇に回復していた。
同月三〇日には院長である被告の診察を受けたが、昏睡状態になると危険であるとの説明を受けたのみで、面会謝絶の指示等はなかつたし、担当医師福原普の説明では心電図もよくなつているとのことであつた。又、昼は病院から与えられた食事を全部食べ、気力も回復し冗談を言つて笑わせる程であり、尿も大量に出、午後二時半頃にも看護婦が血圧を計つたが正常に復しており、その回復ぶりは看護婦も驚く程であつた。
4 同日午後四時半頃、山田千恵子准看護婦(以下「山田准看護婦」という。)が点滴のため喜信の左腕静脈に注射針を刺し、点滴を始めた途端喜信は「痛い、痛い」と大声で叫び、付添つていた原告英子、同英行の両名が「早く針を抜いてくれ」と怒鳴つたが、山田准看護婦はおろおろするばかりですぐには注射針を抜くことができず、原告英行が他の看護婦を呼び、他の看護婦が駆け付けた時は注射針は抜けていたが、喜信は全身が痙攣しており、担当の福原医師が駆け付けた時は既に最悪の状態であつた。同医師は直ちに心臓のマツサージ、人工呼吸、カンフル注射等の処置をとり、喜信の状態は一時落着いたものの、手当の効なく意識を回復しないまま同日午後八時一〇分頃死亡した(以下「本件死亡」という。)
三、責任原因
1 債務不履行責任――第一次的責任原因
(一) 喜信は同月二八日大脇病院において当直医師の診察及び検査を受けた結果急性肝炎と診断され入院を命ぜられたのであるから、右病院即ち被告は同日喜信との間に右急性肝炎の治療をする旨の契約をした。従つて、被告は債務の本旨に従い善良な管理者の注意をもつて正しい治療をなすべき義務があつた。
(二) しかるに被告は左記のとおり善管注意義務を怠り不完全な治療行為をなし、そのため喜信を死亡するに至らしめた。
(1) 静脈内注射を行う時は薬液が直接血行中に入るため、急速な作用が起こり異常反応も激しく起こることが予測され、特に静脈内点滴注射においては薬液の流入速度を誤れば異変を生じシヨツク死等大事に至ることがあり得るのであるから、医師らが注射を行うか、仮に看護婦をして行わせる場合にはその場に医師が立合い指導監督すべき義務があるのに、被告は右義務を怠り静脈内注射を行う資格を持たない山田准看護婦一人に行わせた。
(2) 山田准看護婦は自らは静脈内点滴注射を行う資格を有しないのに、業務の範囲を超えて右注射を行つた。又、山田准看護婦は点滴注射の操作を誤り、喜信の容態に異変が生じた際に注射針を抜くことをせず、数秒間放置した。
(3) 静脈内点滴注射を行う場合はいついかなる場合に異変が起るかもしれないのであるから、仮に看護婦が右点滴注射を行うことが許されるとしても、単独で行うべきではなく、異常事態が発生した場合直ちに応急措置がとれるよう他の看護婦が立会うべき義務がある。しかるに、山田准看護婦以外の喜信の病室を担当する他の看護婦は、看護婦詰所で雑談にふけり点滴注射を山田准看護婦一人に任せきりとしたのみならず、喜信に異変が生じ原告啓子らが他の看護婦を大声で呼んだにもかかわらず、気付くのが遅れ適切な応急処置をとることが遅れた。
(三) 以上の如く被告の不完全な治療により喜信は死亡するに至つたのであるから、被告は右契約上の債務不履行により本件死亡により喜信並びに原告らが蒙つた損害を賠償すべき義務がある。
2 不法行為責任――第二次的責任原因
被告に債務不履行による責任がないとしても、
(一) 被告は前記三1(二)(1)の過失ある医療行為をなし、そのため喜信を死亡するに至らしめたものであるから、民法七〇九条により本件死亡により喜信並びに原告らが蒙つた損害を賠償する義務がある。
(二) 山田准看護婦及び他の看護婦らは前記三1(二)(2)(3)の過失行為をなし、そのため喜信を死亡するに至らしめたものであるところ、被告は山田准看護婦らを大脇病院に雇用し使用していたものであるから、被告は民法七一五条により本件死亡により喜信並びに原告らが蒙つた損害を賠償する義務がある。
四、損害<略>
第三 請求原因事実に対する答弁
一、二<略>
三1 同三1(一)の事実は認める。
2 同三1(二)の冒頭の事実は否認する。喜信は前記病状経過から肝炎と診断されたが、入院時から呼吸困難を訴え、低血圧で心機能が不全となつており、シヨツク状態を呈し、血痰を排出し、腎機能が不全(尿素窒素106.0)であつたことから、喜信の病状は肝炎の中でも急激に進行する電撃性肝炎と判断され、大脇病院の処置によつて一時小康を呈したかにみえるが病状は好転せず、右肝炎の悪化により肝臓組織や肝細胞に壊死が進み肝機能が廃絶したことにより死亡したものである。又五パーセントブドウ糖液によつて前記のごとき発作を生ずることはあり得ないし、仮に原告の主張するように流入速度を誤つたとしても本件のごとき異変や症状悪化を来たすものではなく、これらは電撃性肝炎の進行によるものである。従つて、本件死亡は被告の責に帰すべき事由に基づくものではなく、点滴注射と本件死亡との間には因果関係はない。<中略>
第三 証拠関係<略>
理由
一原告啓子が喜信の妻、同信行と同英行が喜信の子であること、被告が大脇病院を経営する医師であることは当事者間に争いがない。
二静脈内点滴注射開始に至るまでの喜信の病状経過等
1 <証拠>によれば次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
喜信は昭和四八年七月二四日高熱、悪寒があり、佐藤内科医院で佐藤泰孝医師の診察を受けたが、肝臓が腫れていたことから肝炎と診断され、肝機能検査を受け、治療として静脈注射を打ち肝臓の内服薬を受け取りその日は帰宅した。右医院での検査結果によれば、総ビリルビン値5.1、総コレステロール値一五〇、TTT値四、アルカリフオスフアターゼ値八、ワイセ一〇四〇〇、血液像のスタブ値二五、セグ値四二、GOT値五〇、GPT値四〇、ウロビリノーゲン強陽性であり、その検査結果からすると喜信には肝炎の炎症があることが認められた。翌二五日の診察でも高熱(三九度)があり、悪寒、頭痛を訴え、同月二六日も発熱があり全身倦怠感を訴え、同月二七日の診察では体温は36.5度であつたが黄疸が出始めたので右病状及び検査結果から佐藤医師は急性肝炎と診断し、喜信に入院を指示し、翌二八日喜信が来院した際にも黄疸が著明となつたため佐藤医師は重ねて入院を強く指示した。
2 原告啓子本人尋問の結果によれば、同二八日午後八時頃、原告啓子が帰宅してみると魔法瓶が倒れ湯がこぼれており、喜信は何か天井がクルクル回つてわからなくなつて倒れた旨小さな声で弱々しく述べるので、喜信の病状の異変を感じた原告啓子が、午後八時を過ぎ佐藤医師が不在であつたため、直ちに救急車を電話で依頼したことが認められる。右認定に反する証拠はない。
3 喜信が同日午後九時頃救急車で大脇病院に運ばれ、当直医により急性肝炎と診断され、同院に入院を命ぜられたことは、当事者間に争いがない。
4 <証拠>によれば次の事実が認められる。
大脇病院での初診時、喜信は腹痛を訴え全身に黄疸が強度に認められ、血圧が上八四、下三〇と極めて低く、体温36.4度、脈博七二回/分で緊張がなく、呼吸数三二回/分で呼吸困難を訴えていた。大脇病院では静脈内点滴注射(五パーセントブドウ糖、カルニゲン一A(強心剤)、タチオン二A(肝臓庇護薬)、ビスコン一A(ビタミンB・C剤)の混合液)、酸素吸入を施行し、同日午後一一時三〇分頃喜信の一般状態はやや落着きを取戻した。なお尿は自然排尿なく、導尿を施行したが全く排尿がなかつた。
翌二九日午前七時の検査では体温35.5度、脈博四二回/分、脈博不整で結滞が認められたが、呼吸状態は良好で酸素吸入装置を除去した。ところが午後二時頃から胸内苦悶、呼吸困難を訴えたので再び酸素吸入を施行した。酸素吸入により右はやや緩和されたのか喜信は仮眠状態になつた。その後、喜信の腹部はやや膨張し疼痛を訴え、血圧が上八六、不四〇で脈博は五四回/分で不整結滞があり、意識不明瞭となり一般状態不良のため午後八時過頃重症患者のためのリカバリー室に転室させ、酸素吸入、点滴注射を続行した。なお尿は導尿により二CCの排尿があつたのみで、自然排尿はなかつた。
三〇日は相変らず黄疸が著明であり、口唇から顎にかけてヘルペス様の発疹が認められ、皮膚が乾燥し、午前中は一時的内苦悶、呼吸困難を訴えたものの喜信は入院後初めて自然排尿五〇CCをなし意識も明瞭となり脈搏の緊張も良好で脈搏数九八回/分、不整結滞も胸内苦悶もなく、午後にも自然排尿二〇〇CCがあり全身状態は比較的安静であつた。しかし、午後一時頃からは時々少量の血痰を排出し軽い咳があり、酸素吸入を施行した。
又、同日の大脇病院での検査結果によれば、総ビリルビン値四〇と佐藤内科医院の検査時より約八倍増加した異常高値を示し、コレステロール値は五二と同内科医院検査時に比し著しく低下し、TTT値も0.6と同内科医院検査時より低下悪化し、黄疸指数も一〇〇の高値を示しアルカリフオスフアターゼ値も一五と同内科医院検査時より増加し正常値の三倍を示し、ワイセは一六〇〇〇に増加し炎症が起きていることを物語り、血液像の中性細胞であるスタブ値は一二、セグ値は七八と変化を示し、尿素窒素も一〇六と尿毒症になる寸前の値を示し、その他血清のGOT値、GPT値も七三、四二と上昇悪化し、それらの検査値は喜信に極めて重症の肝炎が急激に進行していることを示していた。
<証拠判断、略>
三静脈内点滴注射開始から本件死亡までの経過等
同日午後四時半頃、山田准看護婦が医師の立会なくして喜信の左上肢に静脈内点滴注射を開始したこと、山田准看護婦は当時准看護婦の資格しか有していなかつたこと、山田准看護婦が点滴を開始した頃、喜信が「痛い」と叫び全身が痙攣したこと、同日午後八時一〇分頃同病院で喜信が死亡したことはいずれも当事者間に争いがない。
<証拠>によれば次の事実が認められる。
1同日午後四時半頃なされた前記静脈内点滴注射は、喜信担当の大脇病院の医師福原晋の指示により、正看護婦の資格を有する佐俣主任看護婦が五パーセントブドウ糖液五〇〇CCを輸液セツトに用意したうえ山田准看護婦に手渡し、山田准看護婦は右手渡された輸液セツトを使用し、駆血帯を巻いて喜信の上腕部を締め、酒精綿で消毒した後注射針を喜信の左上肢正中静脈に一回で刺入し、血液の逆流により静脈に注射針が入つていることを確認して駆血帯をはずし点滴を開始した。又、点滴の速度については一分間に六〇ないし八〇滴が適当な速さであるところ、山田准看護婦は一分間に約八〇滴の速さで点滴を開始した。
2 山田准看護婦は准看護婦の資格を取得した後大脇病院に勤めるまで、新潟県立十日町病院に三年間その後日本医科大学付属病院に一年間准看護婦として勤務していたが、その間医師の指示のもとに静脈内注射をも単独でしていたし、昭和四八年三月同准看護婦が大脇病院に勤務するようになつてからも単独で静脈内注射をしていた。
3 前記喜信に対する静脈内点滴注射を開始した際、喜信は「痛い」と叫び、全身が痙攣し(この事実は前記のとおり当事者間に争いがない)硬直状態となつたが、その際喜信は注射針が刺入されている左腕を折り曲げそのまま硬直状態となつた。そこで山田准看護婦は注射針が入つたままでは危険なので注射針を抜去しようとしたが、右のとおり腕を折り曲げて硬直しているので、直ちに注射針を抜くことができず、喜信の硬直して曲つている左腕を伸ばして後右注射針を抜いた。
4 右点滴注射に際し、他の看護婦は立会つていなかつたが、喜信が収容されていたリカバリー室は隣りが看護婦詰所となつており、右結所から常に患者の状況を看視し得るようにその間がガラスで仕切られていた。そして喜信が硬直性痙攣を起した際も、付添つていた原告啓子、同英行が右結所の方に走りガラスの仕切りを叩いたことから、右結所にいた佐俣主任看護婦、病棟婦長らも直ちに喜信の異変に気づき、医師に連絡するとともに応急処置に必要な器具を持つて喜信のもとに駆けつけ、その直後には担当の福原医師及び他の内科の医師も参集した。喜信はその頃既に呼吸停止、心臓停止の状態となりチアノーゼが出現していたので、直ちに福原医師は応急処置として人工呼吸、心臓内注射、気道確保等の各救急処置をなし、その結果喜信の心臓は再び動き出し、血圧も一定してき、かつ呼吸も開始するに至つた。一方、内科の医師によつて足の静脈から前記点滴注射で使用した残りの五パーセントブドウ糖液の点滴がなされた。それらの結果、喜信の状態はいつたん落着いたが、同日午後七時五〇分頃容態が急変し、呼吸停止次いで心臓停止し、前記当事者間に争いがないとおり同日午後八時一〇分頃死亡するに至つた。
<証拠判断、略>
四債務不履行責任について
被告が同月二八日喜信との間に、急性肝炎の治療を目的とする診療契約を締結したことは当事者間に争いがない。
そこで、前記各事実を基礎として、右契約に基づく診療行為としてなされた同月三〇日午後四時半頃の点滴注射につき原告主張の請求原因三1(二)(1)ないし(3)の善管注意義務懈怠が被告にあつたかどうかを検討する。
1 請求原因三1(二)(1)の善管注意義務懈怠の有無について
(一) <証拠>によると、五パーセントブドウ糖液の静脈内点滴注射において、注射針の刺入場所を誤つた場合、痛みを感じることはあるが激痛ではなく、これにより点滴液が皮下に洩れることがあつても局所刺激性はなく、いかなる場合にもシヨツクにより死に至ることは考えられないこと、もつとも神経反射を介してのシヨツクは単に針を刺しただけの刺激で起こるのではないかとの可能性は否定できないが、それによつて生ずるシヨツク症状としては、一過性の低血圧、冷汗、顔面蒼白等の症状がみられすぐ回復するのが常であつて、喜信にみられた硬直性の痙攣を伴う発作は右反射性のシヨツクとは異なること、又、五パーセントブドウ糖液においてはいかなる速度で点滴をしたとしてもシヨツクによる死亡は考えられないこと等が認められ、これに反する証拠はなく、右事実によれば原告主張のような危険性は極めて少ないといわざるをえないこと、
(二) 又、医師が看護婦ないし准看護婦を診療補助者としてその指示により医療行為をさせ得ることは保健婦助産婦看護婦法(同法五条、六条、三七条)も認めているところであり、前記三1で認定のとおり山田准看護婦は医師福原晋の指示により喜信に静脈注射を行つていること、
(三) しかも、前記三2で認定のとおり山田准看護婦は四年以上にわたり静脈内注射実施の経験を有していること、が認められ、
以上の事情を総合すれば、被告が自ら静脈内注射を行わず山田准看護婦をしてそれをなさしめたことは、何等善管注意義務に違反する不完全な治療行為に当るものではない。
2 請求原因三1(二)(2)の善管注意義務懈怠の有無について
(一) 前記四1のとおり山田准看護婦のした静脈内点滴注射は何らその業務の範囲を越えるものではなく、又、前記三1で認定の事実によれば山田准看護婦は点滴の操作を誤つたとはいえない。更に、注射針の抜去についても前記三3のとおりであり、山田准看護婦が注射針を抜かずに放置したとの事実は認められない。
(二) なお、点滴注射の際に喜信が「痛い」と叫び全身痙攣を起こしたことは当事者間に争いのない事実であるが、右事実から山田准看護婦の点滴操作の誤りを直ちに確認することはできない。
かえつて、<証拠>によれば、以下の事実が認められ、これに反する証拠はない。
(1) 喜信が急性肝炎で大脇病院に入院を命じられたことは前記のとおり当事者間に争いがなく、又、前記二1認定のとおり喜信は佐藤内科医院検査時においても急性肝炎であつたところ、急性肝炎のうち、八週以内に悪化し、脳神経症を伴うものを激症肝炎といい、極めて予後が悪く特に四五才以上の患者の救命率は零に近いこと、激症肝炎に伴う肝性脳症は軽度な昏睡第一度から重度な昏睡第五度まで五段階にわけることができること、激症肝炎の中でも臨床的に極めて短い経過をとつて死に至る肝炎を電撃性肝炎ということ、
(2) 喜信の急性肝炎は前記二1ないし4で認定の発病経過、症状、検査結果に照らし激症肝炎と判断することができること、同月三〇日の段階では喜信はその状況からしていかなる型のいかなる程度の肝性脳症が発現しても不思議でなかつたと判断されること、
(3) 同日午後四時半頃の点滴注射の際の喜信の全身痙攣は右激症肝炎の症状として見られる肝性脳症発作であると判断されること、これにより喜信は極めて短時間内に昏睡五度の状態になり、福原医師の応急処置の効なく肝性脳症により死亡したと判断されること、
右事実によれば、喜信が「痛い」と叫び全身痙攣を起こしたことは山田准看護婦の点滴操作の誤りに基因するものでないこと明らかである。
以上総合すると、山田准看護婦には何等責められるべき事由がないから、この点に関しても被告には善管注意義務に違反する不完全な治療行為は存在しない。
3 請求原因三1(二)(3)の善管注意義務懈怠の有無について
前記四1のとおり山田准看護婦が単独でなした静脈点滴注射に関しては何ら責められるべき点がなく、従つて他の看護婦が立会わなかつたことも何ら責められるべき点はない。又、前記三4で認定のとおり看護婦詰所にいた他の看護婦は、喜信の異変に直ちに気がつき適切な応急処置を行つた。よつて、前同様この点についても被告には善管注意義務に違反する不完全な治療行為は認められない。
4 以上のごとく、被告には喜信に対し静脈内点滴注射をするに際し善管注意義務を懈怠した事実は何ら認められない。よつて、原告らの第一次的請求は、その余について判断するまでもなく理由がない。
五不法行為責任について
次に不法行為を理由とする原告らの第二次的請求について判断するに、被告ないし山田准看護婦や他の看護婦らの行為に原告ら主張のような過失が認められないことは前記四で認定のとおりであるから、第二次的請求も、その余につき判断するまでもなく理由がない。
六結論
以上の次第であるから、原告の第一次的請求、第二次的請求のいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(西山俊彦 上田昭典 古屋紘昭)